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福岡地方裁判所 昭和55年(行ウ)17号 判決 1981年4月23日

原告 恒和化学工業株式会社

被告 中間市長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、別紙目録記載の土地につき、昭和五五年四月一〇日付でなした昭和五五年度固定資産税(第一期二三万二、七一〇円、第二期二三万二、五〇〇円、第三期二三万二、五〇〇円、第四期二三万二、五〇〇円)の賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五三年四月二八日、訴外中間市土地開発公社(以下土地開発公社という)から、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を買い受けたが、右土地上に高濃度のカドミウムが廃棄されていたことが判明したため、昭和五四年一一月三〇日、福岡地方裁判所小倉支部において、「一、原告を買主、土地開発公社を売主とする本件土地についての売買契約を昭和五四年一一月三〇日付で合意解除する。二、土地開発公社は、原告に対し、昭和五五年一月一六日限り、福岡法務局水巻出張所において、本件土地の所有権移転登記抹消登記手続を受けるのと引換えに右売買代金及び利息金合計三億四、四四六万円を支払う。三、原告は、土地開発公社に対し、本件土地に設定された根抵当権設定登記を抹消したうえ、昭和五五年一月一六日限り、右金員の支払を受けるのと引換えに本件土地の所有権移転登記抹消登記手続をする。」ことを主たる内容とする裁判上の和解をした。

2  右裁判上の和解による売買契約の合意解除により、本件土地の所有権は、土地開発公社に遡及的に復帰し、原告は、昭和五五年一月一日現在、本件土地の所有権を有しないこととなつた。

3  ところが、被告は、原告に対し、本件土地につき、昭和五五年四月一〇日付で固定資産税の賦課決定処分を行い、同処分は、同月一六日、原告に通知された。

4  そこで、原告は、同年六月一〇日、右賦課決定処分に対し、異議の申立てをしたが、被告は、同年七月二日、これを棄却し、同決定は、同月三日、原告に送達された。

5  しかしながら、右賦課決定処分には次のような違法がある。すなわち、被告が原告に対し、本件土地についての固定資産税を賦課したのは、地方税法三四三条一項が、土地に対する固定資産税はその所有者に課するものと定めており、しかも、同条二項、三五九条によれば、右にいう所有者とは、賦課期日である当該年度の初日の属する年の一月一日現在において、土地登記簿若しくは土地補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者をいうとされていることによるものと解されるが、右各法条の立法趣旨は、徴税機関をして一々実質上の所有権の帰属者を調査させ、所有者の変動するごとにその所有期間に応じて税額を確定賦課させることが徴税技術上困難、煩瑣であり、また、そのため二重課税が行われたり、課税漏れが生じたりして公平な税務行政の執行が困難になるおそれがあるからであり、このいわゆる台帳課税主義は、固定資産税の納税義務者が本来課税客体たる土地、家屋等の真実の所有者と一致すべきであるという実質課税の原理を排斥するものではない。

また、地方税法が、不動産に対する固定資産税を設けている根拠は、所有者が通常その不動産に応ずる担税能力を具備するものと推認されていることに存するのであるから、その賦課も本来的には現実に土地を所有する事実を基礎として行われるべきであり、実質上の所有権を有しない単なる台帳上の所有名義人に負担させるべき合理的理由は見出しえないものである。地方税法三四三条二項は、その後段において、所有者として登記又は登録されている個人が賦課期日前に死亡しているときは、賦課期日において現に所有者である者を納税義務者とする旨の特段の定めを規定しており、同条四項から七項においても同趣旨の例外規定が置かれているが、こうした規定が置かれているのも、台帳課税主義による不都合を是正し、租税負担の公平を図り、実質課税の原則をはかることが憲法一四条、二九条、三〇条の趣旨に合致すると考えられたからである。したがつて、地方税法三四三条一項の所有者の解釈としては、右各例外規定と同程度の特別の合理的理由があれば、明文の記載がなくとも、当該資産の実質的所有者にその納税義務があると解すべきであり、また、このように解したとしても租税法律主義(憲法八四条)に違反するものではなく、むしろ、憲法一四条、地方税法の立法趣旨に合致するというべきである。

ところで、本件のように、裁判上の和解において土地の売買契約が合意解除され、賦課期日である昭和五五年一月一日現在、本件土地の所有権が土地開発公社に存し、原告に存しないこととなり、しかも、右土地開発公社が被告の外郭団体であり、被告が同公社の代表者を兼任していることから、右事実を熟知していたような場合には、形式的に台帳課税主義を適用する根拠を欠くというべきであり、そうだとすれば、被告が右事実を考慮することなく、原告に対し固定資産税の賦課を決定した前記処分は、その納税義務者についての判断を誤つた違法な処分というべきである。よつて、右処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1、3、4の各事実は認める。

2  同2は争う。原告は、合意解除の日に本件土地の所有権が土地開発公社に復帰したと主張するが、合意解除は、法定解除と異なり、解除の効果が当然に遡及するとは限らないのであり、本件においては、原告が本件土地の所有権移転登記の抹消登記手続を約したのは、昭和五五年一月一六日であるから、右期日に原告が抹消登記手続を完了したときに原告の所有権が消滅し、同時に土地開発公社の所有となつたというべきである。したがつて、昭和五五年一月一日現在、原告は、実質的にも本件土地の所有者であつた。

3  同5は争う。固定資産税の賦課期日である昭和五五年一月一日現在の本件土地の所有権の登記名義人は、原告であつたから、被告が原告に対し本件土地についての固定資産税を賦課したことは正当であり、何ら違法はない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1、3、4の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、次に、本件固定資産税の賦課決定処分の適否について検討する。

原告は、裁判上の和解により、原告と土地開発公社との間の本件土地の売買契約は遡及的に消滅し、賦課期日である昭和五五年一月一日現在、原告は本件土地の所有者ではなくなつており、かつ、被告は右土地開発公社の代表者を兼任していたことから右事実を熟知していたのであるから、形式的に台帳課税主義を適用する根拠を欠く旨主張するが、地方税法三四三条一項、三五九条によれば、固定資産税は、当該年度の初日の属する年の一月一日を賦課期日とし、その固定資産の所有者に課すると定められているところ、同法三四三条二項によれば、右にいう固定資産の所有者とは、土地については土地登記簿又は土地補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者をいうと定められ、その納税義務者につき、いわゆる台帳課税主義が採用されていることが明らかである。しかも、地方税法が固定資産税の賦課について台帳課税主義を採用したのは、原告も自認するとおり、徴税機関をして一々実質的所有権の帰属者を調査させ、所有者の変動するごとにその所有期間に応じて税額を確定賦課させることは、徴税事務を極めて複雑困難ならしめるものであることにかんがみ、徴税の事務処理の便宜上、納税義務者の判定にあたつては、画一的形式的に登記簿上の所有名義人を所有者として取り扱えば足りるとしたものであり、こうした地方税法の規定に照らすと、賦課期日である毎年一月一日現在登記簿上に所有者として登記されている者は、真実の権利関係の如何にかかわらず、それだけで当該年度の固定資産の納税義務を負うというべきである。

したがつて、成立に争いのない甲第三号証及び乙第三号証(登記簿謄本)により、賦課期日である昭和五五年一月一日現在、原告が本件土地の所有者として登記されていた事実が認められる以上、仮に、右期日において、原告が既に所有権者でなくなつていたとしても、被告が原告に対し右土地についての固定資産税の賦課を決定した処分自体は法律の規定に基づいた適法な処分というべきであつて、何ら違法なものということはできない。

なお、原告は、本件のように、被告が土地開発公社の代表者を兼任しており、原告が本件土地の所有権者でなくなつたことを被告が熟知していたような場合には、形式的に台帳課税主義を適用する根拠を欠くから、明文の記載がなくても、地方税法三四三条二項等の定める実質課税の原理にしたがうべきであると主張するが、固定資産税の賦課が地方税法の規定に基づいて行われるべきものである以上、その例外を認めるについても同法その他の法律の根拠を要するというべきであり、被告が本件土地の実質的所有者を知つていたとしても、それだけで明文の記載なしにその例外を認めることはできないと解するのが相当である。

三  以上のとおり、被告が本件土地についての固定資産税をその登記簿上の所有名義人である原告に対し賦課した処分は、適法であり、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田和夫 寺尾洋 亀田廣美)

目録<省略>

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